柏木恵介先生 プロフィール

柏木恵介先生
プロフェッショナル・プロデュース株式会社
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初めまして
柏木 恵介と申します。

簡単に、私の自己紹介を
させていただきます。 

【主な経歴】

■「地道な努力」や「愛情」を教えてくれた両親

  福島県福島市出身。
  営業職で地道に頑張ってきた
  サラリーマンの父と、百貨店勤務
  の根っからの明るい母から
  男三人兄弟の二男として育つ。

  特に贅沢をせず、地道な努力を
  継続する両親の背中を見て育ち、
  「どんな人でも良いところはある。
  決して人の悪口は言わないように」 
  と、教わった幼少時代。

■ 悔しさをバネに成長できることを学ぶ

・高校時代。
  当時部活ばかりやっており、
  勉強はあまり芳しくなかった。
  
  好きな教科と嫌いな教科が
  はっきり分かれていた私へ、
  担任から

  「好きなことをやっていていいのは
  学生のうちだけだ!
  社会に出たら好きな事だけやって、
  生きて行く事なんて出来ないんだ。
  お前は甘い!」と言われ、
  胸にいつまでもつっかえていた
  気持ちにケリをつけ、高校3年から
  一念発起して勉強し、大学に合格。

■ 友人の死、目標を失いさまよった大学時代
  
・大学時代。
  進学のために上京、
  初めての一人暮らし。 
  
  合格したころは、一人暮らしが
  できた喜びや、東京に来たことに
  対する高揚感で毎日が楽しかった。
  
  これから始まる大学生活に
  憧れを抱き、あれもしたい、
  これもしたいという思いが
  こみ上げてきて、
  「自分は何にでもなれる」
  という感覚さえ抱く。

  しかし大学も2年を過ぎた
  あたりから、毎日の授業、
  アルバイト、サークルの繰り返し
  の生活に物足りなさを感じ
  はじめる。
  
  東京にいても自分の居場所がなく、
  ただただ過ぎていく毎日につまらなさを感じ、
  何をやっても虚無感に襲われる日々が続く。

  しかし、当時の私は、
  いくらそんなことを言ったとしても、
  自分から率先して何か行動を起こす
  こともしないまま。
  
  「いったい何がしたいんだろう。」
  そんなことを堂々巡りのように考える。
  
  誰もいない家に帰ってくると、
  どうしてもいろいろ考えてしまう
  のでよく夜の街を徘徊する日々が
  続いた。
  
  新宿、渋谷、池袋。
  
  雑踏に紛れ込んでいると、
  不思議と不安から解放される。
  「きっとこの人たちもみんな迷い
  ながら生きているんだ」と思いこん 
  で、自分を慰めた。

  そんな生活を送っていたある日
  突然、高校時代の友人の訃報が
  入ってくる。

 その時、私は衝撃と悔しさと
  ともに、今までの怠惰な自分を
  悔やんだ。
  
  自分が無為に過ごした今日という
  一日は、親友が生きたかった
  であろう明日だと思った瞬間、
  時間というものが有限であること
  をはっきりと意識させられた。

  そして、「人はいつか必ず死ぬ、
  それは誰も予想できない」
  というごく当たり前のことを
  同時に思い知らされる。

  そこで、本腰を入れて自身の将来を
  考え抜いた時、

 1度きりの人生。
  臨終まぎわになって、 
  『「やりたかった夢」や
  「大きな目標」に、 勇気を持って
  1歩を踏み出せなかった(涙)』 
  と後悔したくない!

  と思い立ち、自分がやりたいこと
  を目指すことを決意し、 
  20歳の時大学を退学する決断をす 
  る。 

■ ついに巡り合ったメンターと一生の仲間

  退学後は、フリーター生活を送る。

  コンビニのアルバイト、
  イベントのスタッフ、
  引っ越しの短期アルバイト、
  年末はおせち料理の短期アルバイト
  も経験する。
  
  アルバイトで貯めた少しのお金を、
  主に講演会や交流会の費用に充てたり
  本を買ったりしながら自分なりの
  方向性を探っていった。

  しかし大学を辞めて、自分の
  やりたいことを見つけるとは
  言ったものの、 2年間、全く
  方向性が定まらず、途方にくれる。

  そんな折、相次ぐ親戚の不幸が
  続きしばらく病院に通う時期が
  あった。
  
  この時なぜか看護師という
  仕事に魅力を感じ一念発起して
  受験。翌年看護学校に合格。
  その後卒業し、病院で勤務する
  こととなった。

  看護師3年目の時・・・

 プロデューサー育成スクールの先生、
  そして数多くの素晴らしい
  ビジネス仲間と出会ったことで、

  自分が目指すべきものは何か、
  どんなことが得意で、どんな活動を
  すれば貢献できるかが、ようやく
  明確になる。

  それは
  「ビジネスプロデューサー」と言う
  存在でした。

■■■
  
  現在私は、
  プロフェッショナル・プロデュース
  株式会社の組織の1人として
  プロデュース活動を行っております。

  私を導いてくれたメンター(師匠)、
  ゼロから有名人と仲間となって
  仕事をする方法を教えてくれたメンター、

 そして今、一緒に活動している
  5人のビジネスパートナーや、
  
  プロデュース依頼してくださった
  クライアントの方お一人お一人、
  多くの方々との出会いが、
  私の一生の財産・宝物です。

これまでのシェア実績